人生を振り返る。あのときもしこうなったら死んでいたかもしれない。そんな場面がいくつかある。最右翼がほうれん草だ。
20年ほど前のこと。キッチンに切らずに茹でたほうれん草の束が、水切りしてあった。お腹がすいていたので、そのまま口に放り込み、噛まずに飲んでしまった。無精が禍した。喉につまり呼吸ができなくなった。ほんの数秒のことだと思うのだが、頭が真っ白になった。まずい!このままでは死んでしまう。必死に手を突っ込んだが、ほうれん草に届かない。
そもそもなぜそんな危機を招いたかといえば、完全にほうれん草をナメていたのだ。切らなくても噛まなくてもなんとかなるだろう。ほうれん草の実力は私が対抗できるほど生やさしいものではなかった。
ほうれん草がそのままのどから食道につまっているところを想像してほしい。信じられないほど長いのだ。意識がもうろうとし始めたそのとき、奥まで突っ込んだ指がほうれん草の端をとらえた。必死につかみ引っ張り上げる。頭の中でスポッと音がした。よかった。死なずにすんだ。しばらくの間その場で立ちすくんだ。
よもやあるまいと思うが、みなさまもほうれん草を切らずに丸呑みすることだけはおやめください。命は大切にしましょう。