中学の思い出はかなり濃い。中でも深く刻まれてしまったのが陸上部時代のことだ。在籍していたのは一年と少しだった。一学年上の先輩が3000メートルの県記録を所持していた。最高タイムが当時の全国7位に匹敵するものだった。先輩を速くするための練習に混ぜられていたため、一年在籍していただけでも優に三年ぐらいの密度があった。
大学陸上部出身の若い体育教師が部の顧問で、その日先頭を切って走った。どこに行くのかわからなかったが、置いていかれないように食らいついていた。どれぐらい走っただろうか。その先には第三京浜の出口が見えた。
「いくぞ!」
教師はスピードを上げて第三京浜に突入していった。さすがにまずいという予感がしたが、そのまま後をついていった。結果、時速100キロでクルマが疾走する自動車専用道路の路肩を、7人で走ることになってしまった。
横の車線を走るクルマは長いクラクションを鳴らして通り過ぎるのであるが、スピードは緩めない。怖いがどうすることもできない。数分走ったところでパトカーがサイレンを鳴らして急行してきた。
「ここは人が走ってはいけません!止まりなさい!!」
幅寄せしてきて、暴走集団は止まった。警官がダッシュしてくる。
そうだ!俺たちには教師がついてるじゃないか。なんとかしてくれるだろう。
教師を見ると10メートル先で自分はまったく関係ないとでもいうようにアキレス腱を伸ばす動作をしていた。まったく頼りにならない!
「何してるんだ!危ないじゃないか!すぐに出て行きなさい!!」
説教をくらい、パトカーは去っていった。私たちはもと来た道を再び走り出した。教師はニコニコしながら頭をかいた。
「ダメだったか!」
この人が本気で第三京浜を東京まで駆け抜けていこうと思っていたことを知った。