横浜スタジアムを訪れると思い出すことがある

横浜スタジアムが建設される半世紀ほど前まで、その地には平和球場があった。1934年には日米野球で訪れていたベーブ・ルースが2本、ルー・ゲーリックが1本、この球場でホームランを放ったという。

小学生の時、草野球チームに所属しており、野球大会の開会式で平和球場を行進したことがある。ここは日本初のプロ野球公式戦のナイトゲームが開催された場所なのだが、印象としては高校野球の地区予選が行われるタイプの古い球場だった。

私が小学生の頃、横浜ベイスターズは大洋ホエールズという名称で、川崎球場を本拠地にしていた。平松投手、松原誠選手、小谷投手、ヒゲもじゃのシピン選手を応援にいった。プリンスと呼ばれた山下大輔選手が入団した。

川崎球場はライトスタンドが極端に小さくいびつな形をしていた。球場裏ライト側に国道を通す計画があったかららしい。巨人戦以外に集客が伸びない大洋球団が、老朽化した平和球場を建て替える際に川崎を離れ横浜を本拠地にしたいと申し入れ、横浜=ホエールズ(現ベースターズ)が実現したという。

横浜スタジアムでの野球観戦の思い出ももちろんあるのだが、もうひとつ印象に残っているのが中学の時クラスメイト13人でいったかぐや姫再結成コンサートだ。

誰がチケットをとってくれたのだろう。今から考えると不思議。まだ開業したばかりのスタジアムで、神田川、二十二才の別れ、妹、遙かなる想いなどを、クラスメイトとまったりしながら聴いた。記憶に深く刻まれている。

その日のライブ映像

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